伝説のプロアスリート三谷 寛志 サイクリストマツザワに入社❗️

伝説のプロアスリート三谷 寛志 サイクリストマツザワに入社❗️
暑中お見舞い申し上げます

長雨に体力気力が奪われません様、皆様ご自愛下さい。


二輪車の三冠王 サイクリストマツザワ二代目店主
松澤 平吉と固い握手を交わす、日本人唯一の自転車競技界の三冠王 三谷 寛志
サイクリストマツザワに、ニューフェイス。
新たな仲間を迎えました。三谷 寛志です。
自転車競技に少しでも興味のある方は既にご存知のことと思いますが、世界選手権自転車競技に、
ロードバイク•マウンテンバイク•シクロクロスの3種目全ての競技で出場した唯一の日本人選手です。
世界選手権には9回出場。
内2回は監督として出場しています。

下諏訪町が購入下さったヤマハYPJ e-bikeのお披露目。「今昔館おいでや」にて。職員の皆様の熱心な質問に答える三谷
三谷 寛志の伝説は数々あれど、
三谷と言う男を最も物語るに相応しい
エピソードがある。

88ソウルオリンピック 
ロードバイク選考会でのこと。
オリンピック出場選考枠は2名。
そして、三谷は見事2位を獲得。
誰もが三谷がオリンピックの出場権を獲得したと確信した。しかし、試合後の控室で、
最終結果を待つ三谷に下された審判は、
残酷にも選考会結果無効の通達であった。
オリンピック審査会は、過去の実績が無いとの理由から三谷は手が届きかけたソウルオリンピック日本代表選手の切符を手にすることが出来なかった。
その時、三谷28歳。
中学時代から高校・実業団と自転車漬けの日々、
声援を送り続けてくれた父母・兄弟・仲間が頭を駆け巡った。

「何のための選考会だ」
三谷は選考会場でブロンズを床にたたき割り静かな抗議をする。以降、オリンピックへの切符は、選考会重視で決定されることとなる。三谷の静かな抗議は、後身に道を譲った。三谷のその後のプロ競技人生も絶えずパイオニアであった。マウンテンバイクで世界を目指して手探りして三谷。三谷が耕した道を、後輩達は歩き続けている。
そして、今も、三谷が打ち立てた、
三種目で自転車競技世界選手権出場という偉業を、 
誰一人乗り越えられずにいる。

夢は実現する。夢を仕事に出来る人は一握りの人々。
どちらも現実である。
どうか、弱気になったらサイクリストマツザワに足を運んで欲しい。夢を仕事にした男達が居る。リスクを全身で背負い、死に物狂いで闘う姿がある。

時代の先駆けとなり、もし捨て石となっても構わない。そんな覚悟を持って挑戦する男達が居る。

また一人、そんなタフな男が、サイクリストマツザワの最高の同志となった。
            

今も愛車で通勤。片道42Kmを走る。高い身体能力は衰えを知らない。

世界最高峰の技術と知識。そして今日から世界の走りをお届けいたします。サイクリストマツザワメカニック一同
三谷 寛志 経歴


•福岡県北九州小倉出身 元プロ選手      
自転車競技世界選手権7回出場(選手) 
自転車競技世界選手権2回出場(監督)

自転車競技歴
•中学3年生の時、レーサー相手に優勝   
•高校一年生で県高校チャンピオンになり、 
インターハイ、国体に出場

•高校3年の時に九州チャンピオン、    
インターハイ3位、国体は優勝目前にして転倒、
レースの厳しさを知る。

•ブリヂストンサイクル株式会社からスカウトされ、ブリヂストンサイクルに入社、実業団の選手として走る。

•東日本実業団7連覇、関東地域ロードレース2連覇、秩父宮杯2勝、奈良国体3位、鳥取国体2位、

•85ツールドラブニール(フランス)初出場の日本人として初完走、

•88ソウルオリンピック選考会2位、選考枠2名オリンピック出場確実と思われたが、過去の実績が無いとの理由からオリンピック日本代表選手から外される。
選考会場でブロンズを床にたたき割り静かな抗議とする。以降選考会重視でオリンピック日本代表選手が決定されることとなる    

•87ツールド北海道個人総合6位、個人山岳賞1位、ステージ1勝、         
•88ツールド北海道ステージ1勝、
•89ツールド北海道個人総合3位、         
•90ツールド北海道個人ポイント賞1位  
•88年ツールメディテラニアン完走(フランス)、パリ~ニース出場(ワールドツアー・フランス)               
•90全日本選手権6名の先頭集団にいながらゴール直前で機材故障にてリタイヤ、
•移動審判に強さを認められ世界選手権強化合宿に補欠として参加、合宿にて最強を証明、正選手として90宇都宮世界選手権ロードレースに出場。
•91ギーテン(オランダ)、
•92リーズ(イギリス)、
•93コルバ(イタリア)シクロクロス世界選手権に出場。
•92マウンテンバイク全日本選手権2位、
•92ブロモント(カナダ)、
•93メタビエフ(フランス)、
•94ベイル(アメリカ)マウンテンバイクで世界選手権出場。
•異なる3種目での世界選手権出場は日本人でただ一人。
•マウンテンバイクはクロスカントリー、ダウンヒルにも出場。
•91渡米、マウンテンバイク創世記のアメリカにてマウンテンバイク修行、現地の情報を日本のメーカーにレポート、 日本のマウンテンバイク開発に貢献する。また、アメリカにてプロライセンスを取得、
•92、94と渡米ノーバコロラドシリーズで3位、6位、9位を獲得。
•その他、フランスに4ヶ月、
オランダに2週間自転車留学経験。

•ブリヂストンサイクル株式会社、ロード、 
マウンテンバイク開発ライダー
•井上ゴム工業株式会社、マウンテンバイクタイヤ開発ライダー
•株式会社グラファイトデザイン、マウンテンバイク開発ライダー
•株式会社日東ハンドル、アドバイザー
•株式会社パールイズミ、アドバイザー
•アズマ産業株式会社、アドバイザー
•自転車で高知県以外の46都道府県を走り、
ツーリングにも精通、生涯走行距離60万㎞突破。
•1979/4 ブリヂストンサイクル株式会社入社
•1991/3 ブリヂストンサイクル株式会社退社
•1991/4 自転車競技プロ選手として活動
•1995/2 有限会社ミタニ設立
•2020/6  有限会社松沢自転車店
    サイクリストマツザワ入社
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